父親との愛着形成不全
自分へのクリスマスプレゼントにジョーマローンの男性向け香水を買った
そのなかに特におじ様の香りがする、サイプレスグレープバインという香りがお気に入りで寝香水にしている
お風呂から上がり、ひと通り自分の世話をした後にシュッと身に纏うと安心するようなほっとするような、受容されるような気持ちになる
高校生のときからメンズ香水が好きだった
当時の彼氏がプレゼントしてくれたライオンハートを皮切りに、特にスパイシーでウッディな香りが大好きだった
名前は忘れてしまったが、当時いちばんだいすきな香水もダンディな匂いと友人に笑われてしまった
父親は子供に興味が無いと思っていた
週末は寝てばかりで家族のイベントも遠くで座っており参加しない
外出したときもB型特有のマイペースでずんずん一人で進んでしまう
私が父と2人になる時は「仕方がない時」でしかなく、中身のある会話をした覚えが本当にない
それくらい私と父の関係は希薄であった
今は大分良くなったが男性が苦手で好きなのもそういうことだと思う
自意識の過剰さで男性からの視線が気になったこともあるがどう接してよいかわからなかった 怖かった
それと同時に受容されたかった
なに書きたかったか分からなくなったので
終わります
人生も終わったらいいな〜
前厄、そして本厄へ
今年わたしは前厄であったが「もう勘弁してくれ」と懇願し地面をのたうち回る1年間になった。
最愛の彼氏との別れ、椎間板ヘルニア、ピロリ菌、謎の発熱、出会う男はカスばかり、腸閉塞寸前、定期的なAST上昇
メンタルと身体を定期的にぶっ壊し寝込む日々を送っていた。
しかしその中でよかったこともある。
「「「我慢」」」を辞めたことだ。
特に男関係と美容関係
他の方とは比較にならないかもしれないが、今まで男女平等にしがみついてきた私は今年存分にマンコ割引を適応させていただいた。
性根はきっとそちら側だったような気がする。
散々な1年であったが、よかったことも多い。
特にピラティスと編み物は今年はじめてよかったものである。明らかに体が変わっていくのは楽しく、姿勢も良くなったことを周囲に言われると嬉しい。
自己投資と熱中できる趣味活動を見つけられたのはかなり強い。
来年は本厄。
姉は自身が本厄のとき3回入院し開腹手術を受けている。
絶対に絶対に避けたい。神でも仏でも先祖でも私を確実に守って欲しい。
そのために来年は仏閣を回って神頼みをしよう。節分が終われば縁のある神社に行きたい。
とても絶望した前半であったが、後半は自由気ままに過ごした。
人生のハネムーン期だと思う
ここから転がり落ちると思うので楽しく過ごしたい
理解に苦しむ
孤独をどうしても愛せない
一人で過ごしているのは好きではあるがどうしようもない恐怖に襲われる時もある
残りの人生15000日、毎日こうやって過ごすのだろうか
なんの刺激もなく、金を稼ぎ、ネットを見る
恐怖だ
刹那的な男との繋がりは自己肯定感が更に落ちる
またいつか孤独に耐えられず手を出してしまうのだろうか
自立した自分にいつまでもなれない
誇り高く、生きたい
でも本当は誰かに頼りたい
生きている実感が湧く活動をしよう
私いま最上級にかわいいの
自分を受け入れることができなければ他者を受け入れることなんかできない。
だから私は自分が1番大切で嫌いなのだと思う。
最近は考えが少し変わった。
元々不安型の自負はあったが、それに加えて回避型要素も大きくなったような気がする。
自分が傷つく前に、嫌な気持ちになる前に、人間関係や人付き合いを切ってしまう。
家族や親しい友人も全て私にとってノイズで頭がぐちゃぐちゃになる要因になり、シャットダウンしてしまう。
誰も私に干渉しないで。私の中で留めていた汚水がどぷんと揺らいで溢れたら、どうしてしまうかわからない。
金で解決するならいくらでも払う。
インスタントコーヒーのように、その場で熱く美味しい、冷めたら終わり
なまじ美味しいコーヒーだったから忘れられない
彼も回避型なんだろうな
なんだか日本語も下手になってる
いまわたしにできることは
心の回復、心をクリアにすること
自己愛を高める
他人に興味をもつこと
落伍者
ふと気づいた時には
私はとっくのとうに折り返し地点を過ぎてしまったのだ
異性の恋愛対象にも入らなければ
性欲を掻き立てられるはずもない
子供を成すどころか生涯をかけて傍に起きたい人間にもなれず
ただ真剣に向き合ってくれる相手はいない
インターネットで自分よりも下の年齢層と付き合っていたため、年齢相応の友人たちが歩んできた経験、人生のフェーズを見事に通り過ぎている
周りを見ないようにしていた結果、周りを見ない人間になってしまった
ただスマートフォンから都合の良い情報だけを受け取り取捨選択すら行えていない
井の中の蛙というよりアリとキリギリス
ここ数年は最高に楽しかったけれども
テテレスタイ
私は生物としての女の価値を終えた
その間に社会的女性の役割を獲得することなく、このまま枯れ果てていく
絶望もしたが腑に落ちた
かつての患者のように、昔楽しかっとことと辛かったことを反芻して生きていくのだろう
子供から得られる追体験もせず自己完結する
エコな生き方をしたお似合いの終末
特別じゃない、ただのおわり